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『ジェネレーション・レフト』を読む なぜ世界の若者は左傾化し、日本はそうならないのか

 

『ジェネレーション・レフト』の表紙

『ジェネレーション・レフト』(キア・ミルバーン著/斎藤幸平監訳・解説/岩瀬誠、萩田翔太郎訳/堀之内出版)

2021年8月に日本で刊行された『ジェネレーション・レフト』(キア・ミルバーン著)を読んだ。『人新生の資本論』がベストセラーになった斎藤幸平氏が監訳・解説を務めていることがきっかけで入手したが、今の世界の潮流を理解できる良書だったので簡単に内容を説明し、自分の考察を書かせていただきたい。

 

アメリカの若者の3人に1人は社会主義に肯定的

 

日本にいると実感できないが、世界の若者たちはいま、「左傾化」しているという。一方で、高年齢層は保守化の傾向が顕著で、世代間の分断が進行しているという。

 

本当かいな? と思う読者のために、この本では次のようなデータが示される。

 

・2019年の英国の総選挙では、もっとも若い年齢層の43%が労働党を支持し、逆に最も高い年齢層の47%が保守党を支持した。

 

・2016年の米国の大統領選に向けた民主党の指名候補者争いでは、17歳から29歳の有権者の72%がヒラリー・クリントンではなくバーニー・サンダースに投票。一方、65歳以上の有権者では71%がヒラリーを支持したのに対し、サンダースを支持したのは27%だった。

 

2016年に行われた米ハーバード大学政治研究所による調査では、18歳から29歳の米国の若者の33%は社会主義に肯定的で、彼らの過半数が資本主義に反対だと回答している。

 

なんで、こういう現象が起きているのか。左傾化した若者たち=ジェネレーション・レフトは、現在までどんな軌跡をたどり、どこへ向かうのか。この本では、そんなことが書かれている。

「出来事」→「過剰の瞬間」から生まれる結束が「世代」をつくる

 

著者キア・ミルバーンによれば、ある特定の思想や傾向を持った「世代」というのは、社会に大きな影響を与えるような衝撃的な「出来事」へのリアクションとして、若者たちによって形成されるという。戦争、革命、大恐慌などだ。

 

ジェネレーションレフトにとって、それは2008年のリーマンショックだった金融危機により職を失い、資産も築けず、高い家賃負担の下、低い賃金収入のみに頼って暮らさざるを得ない世代が、それまでの新自由主義的な世界観に反旗を翻した。

 

一方、1989年の冷戦終結後に進展した新自由主義のもとで不動産や金融資産を築き、資産収入の恩恵を得られる50~60代以上の世代はもう新自由主義と一蓮托生になってしまっていて、保守化せざるを得ない。ここに、世代間の分断が生まれた。

 

若い世代はその後、2011年に世界各地で発生した「オキュパイ運動」などの経験を通してパワーアップした。広場などの公共空間を占拠してキャンプを張り、参加者同士の短いスピーチを通してお互いの苦境を自己開示して結束した。意思決定は全会一致。そんな「アセンブリ―方式」の運動は大きな盛り上がりを見せた。

 

キア・ミルバーンは、こうした運動の盛り上がりを通して、若者たちは「過剰の瞬間」を経験するという。これまで自分たちを縛っていた社会的な制約を突破して、心から自由な感覚、これまで出来ないと思っていたことが「何でもできる」という感覚を味わう。それによって大いに奮起し、世代としての行動力が出てくるということらしい。日本でいえば、激しいデモや衝突を経験した全共闘世代のあのエネルギーを連想する。

 

若者たちは「選挙論的転回」で現実の政治を動かすようになった

 

だが、アセンブリ―方式は戦略的な動きをとることには向いておらず、次第に声の大きい者、組織を私物化しようとするものに牛耳られ、活動はしぼんでいく。

 

そこで、若者たちの一部は2013年ごろから「選挙論的転回」をはかった。選挙で議席を獲得し、実際に国政を動かすことに注力していったのだ。若者の運動を軸にしたスペインのポデモス、ギリシャのシリザなど、いわゆるポピュリズム的な左翼政党が実際に政治を動かすようになり、やがてそれは英労働党のコービン、米民主党のサンダースに対する支持の盛り上がりにつながっていった。

 

ただ、こうした動きへの保守側からのぶり返しも強い。若者たちは保守化した大人たちから敵視され、「カルト的」と嘲笑される。2019年にはコービンの労働党は総選挙で大敗、2020年にはサンダースが民主党大統領候補の座から引きずり降ろされるなど、ジェネレーション・レフトは挫折を味わった。

 

それでも、米国で史上最年少の29歳で下院議員に当選したアレクサンドリア・オカシオ=コルテスの台頭、グレタ=トゥーンべリの登場で持ち上がってきた気候危機問題に対応を求める動きなど、ジェネレーション・レフトの戦いはまだまだこれから、ということだ。

 

キア・ミルバーンのこうした視点により、近年、海外ニュースで目にしてきた若者たちの動きが1つの線として見えてきて、理解が深まった。

 

日本の若者はなぜ左傾化しないのか

 

翻って、どうしても日本のことを考えてしまった。

 

2008年のリーマンショックや、その前後から起きていた非正規雇用化の進展で若者が苦境に陥ってきたのは各国と同じ。それでも、アセンブリ―方式を採用した「オキュパイ運動」のような「過剰の瞬間」を、若者世代が共有できただろうか。

 

2015年の安保法制をきっかけに「SEALDs」が生まれたが、冷めた目で見ていた者も多く、広範な広がりを見せたとまでは言えなかった気がする。その帰結として、その後の「選挙論的展開」も起きず(起きていたとしても弱く)、保守派・新自由主義の支配は今のところ揺らぐ気配はない、と言わざるを得ない。

 

本書の中でも、ジェネレーション・レフトの誕生は「至るところで確認することができるものの万国共通ではない」と説明され、ハンガリーポーランドで極右政党が台頭している例をあげる。社会に衝撃を与える「出来事」に対して受動的にしか反応できなかった世代は、力を失い、保守化してしまうのだという。日本もこちら側か……と思うと暗い気持ちになる。

 

若者の弱体化を永続させる「負のフィードバック」を逆転させるには

 

何が日本と欧米の道を分けたのか。キア・ミルバーンの書く、ジェネレーション・レフトが勝利を収める方法の中に、そのヒントがあると思えた。

 

そもそも今の若者たちには、民主主義に参加できるほどの時間も資源もない。ほとんどの人は参加できたとしても、一時的にしか関わることができない。政治参加が少ないと、若者たちを今よりさらに低賃金で強度の高い労働に長時間従事させようという資本家の力を代表する政府が強化されてしまう。「負のフィードバック効果」だ。

 

一方、民主主義への意欲を高めて少しずつでも政治参加を強めていけば、この循環を逆回りさせることが可能だ。UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)やUBS(ユニバーサル・ベーシック・サービス)などを一部からでも導入し、新自由主義的競争を弱めてコモン(公共財)の力を強めれば強めるほど、若者たちは搾取から解放され、十分な時間と資源と自信を持って要求を主張することができるようになる。それが民主主義をさらに進める正のフィードバックを起こす土台になる。

 

そう考えると、日本でジェネレーション・レフトが生まれないのは、「民主主義に参加できるほどの時間も資源もない」ことがベースにある原因だし、そうした流れの逆回転を着火させるような「民主主義への意欲」も低いことも影響しているといえそうだ。

 

でも、これらの状況が何かのきっかけで劇的に変わることがあるかもしれないとも思えた。それは、さらなる危機の到来なのかもしれないし、意欲あるリーダーや集団の登場かもしれない。ほんの小さな変化でも、「正のフィードバック」が起こすことができれば、その効果はとてつもなく大きくなる。

 

本書でも指摘されているように、まずは巨大資本に搾取されっぱなしの「サブスク漬け」をやめてみるあたりから、一歩を踏み出してみようか。